1年生(80期生)・能楽鑑賞会を行いました
1月22日(木)に、1年生(80期生)が、大槻能楽堂に行ってきました。
鑑賞に先立って、能楽の姿勢や発声を参加者全員で体験しました。
さらに各クラスの代表1名は舞台に上がらせていただき、さまざまな能面をつけた状態で歩きました。
その後、狂言『盆山』で笑い、能『安達原』で哀しみ笑い、そして手に汗握る展開を楽しみました。
今回の鑑賞を機に、表現や芸術に対する理解を深めていき、糧とすることができればと思います。
また1年後、2年生での文楽の鑑賞もいまから楽しみです。
<生徒の感想文>
(1)
最初の体験の時に狂言・能の基本の姿勢をしてみて、普段使わないところに力を入れてきつかったので、それを長時間続けると考えるとすごいと思った。また、狂言の話し方には独特のリズムがあったり、笑い方も誰が見てもわかるようにしていたり、今まで知らなかったことを知れてよかった。
狂言の「盆山」では、背景もなく小道具も刀と扇子だけなのに、盆山を盗もうとした男と、懲らしめようとしていた人との様子が伝わってきて、狂言師の表現力の高さに驚いた。
能の「安達原」は全体的に時間がゆっくり流れているような感じがした。また四人の囃子方の人たちが、指揮者もいないのに息ぴったりに合奏していて、どうやって合わせているのかなと思った。能も、小道具は家と糸車しかなかったのに話の流れが分かったので、表現力が高いのだなと思った。また、演技は舞台ですると思っていたが、鬼女と山伏の戦いは橋掛りで行われており、舞台の正面で見た方が良いと思っていたが、どのシーンに注目するかでも座る席は変わるのだと気づいた。
(2)
動画上で見る能楽と実際に見る能楽はまったく違っていて、実際に見た能楽は迫力だけでなく一つ一つの動作の美しさを感じることができるものだった。狂言と能は同じようなものだと思っていたけど、実際は少し種類が違っていて、狂言は滑稽さを表現していたのに対し、能は登場人物の気持ちを表現していたので、どちらも新鮮な気持ちで見ることができた。狂言では音楽がなかったけど、能は音楽があったので、音楽のテンポや音の大きさで場面の勢いがよりわかりやすくなっていると感じた。鼓を打つ前に掛け声が入っていたり、鼓の打ち方によって音が変わったりしていたので、単純な楽器なのに多様な表現ができるんだなと感じた。授業で習った古文単語や文法、知識を使って意味を推測することができた場面があって少しうれしくなった。
(3)
能を初めて見て特に印象に残ったのは、囃子方の掛け声だ。タイミングを合わせるための独特なかけ声が何種類もあり、舞台に緊張感を与えているのが面白いと思った。また物語の中盤で、召使いが女の言いつけを破って寝室を覗く場面では、その演技力に圧倒された。舞台上には実際には何もいないのに、凄惨な死体の山があたかもあるかのように怯えて驚く様子を見て、私の頭の中にもその光景がありありと浮かんだ。そして、その後の鬼女と山伏の戦いは、戦国時代のような激しい立ち回りを想像していたが、実際には数珠を揉み、祈りによって調伏する祈祷の形であったことに驚いた。
能面から心情の変化を読み取るのは難しかったが、静かな所作の中に潜む鬼女の悲しみを想像する楽しさを知ることができた。現代の映像作品は、CGや特殊メイクを使ってすべてをリアルに見せているが、能は観客の想像力で完成させる芸術なのだと気づいた。今後は映画やアニメを見る時に、あえて「描かれていない部分」を想像して楽しみたい。




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